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zoom RSS 【みんな生きている】安倍晋三編[日印首脳会談]/JRT

<<   作成日時 : 2018/11/09 04:49   >>

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−その命、見捨てますか?−
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!日・印首脳 外務・防衛閣僚会合設置で合意》

安倍晋三首相はインドのナレンドラ・ダモダルダス・モディ(Jashodaben Narendrabhai Modi)首相と会談し、安全保障分野での連携を強めるため、日印外務・防衛閣僚会合(=2プラス2)を設けることで合意しました。
また、インドでの高速鉄道計画等について、総額およそ3,100億円の円借款についても合意しました。


■拉致問題早期解決で一致

さらに北朝鮮に対し、拉致問題の早期解決を求めることで一致しました。

■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/
■suehisa223のブログ
https://ameblo.jp/suehisa223/
■らちねっと徳島HP
http://wwwd.pikara.ne.jp/sansyoukai223/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html
■加藤 健ブログ「天を回せ!ロビー活動で挑む」
http://kenkato.blog.jp/
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



《特定失踪者・戸島金芳さんについて》
◆氏名:戸島 金芳
(としまかねよし)
(Kaneyoshi Toshima)
◆失踪年月日:昭和30(1955)年1月14日
◆生年月日:昭和10(1935)年12月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:徳島県美馬郡美馬町(現・美馬市)
◆当時の身分:農家手伝い。農閑期には山口県に出稼ぎに行っていた。
学費が払えず高校を中退(成績は優秀だった)した後は農閑期に山口県へ出稼ぎへ行っていた。
◆身長172cm〜173cm
◆特徴:
1)まじめで努力家
2)手先が器用で中学、高校のときにはモーターなどを自分で作って家族を驚かせていた
3)柔道をやっていた
◆失踪場所:徳島県貞光駅

【失踪状況】
「東京に住む次男(弟)に会いに行く」と言って美馬町の家を出た。
母は小遣いを持たせたが、翌日全額送られてきた。
その後何の手がかりもなく、次男の家にも行っていない。
残されていた写真の裏に赤ペンで「さようなら彼の山、彼の川、そして彼の家」と書いてあった。
当時12歳だった妹は、家を出る何ヶ月か前、夜になると朝鮮語のラジオの音が聞こえてきたのを聞いており、2、3ヶ月前から一人でよく悩んでいた様子を覚えている。
山口県に松脂を取りに年に何度か行っていたが、松林から海岸がみえるとも言っていた。
母方の叔母には「僕はいつかこの家を出るから母の事を頼む」言っていた。
■山口県警HP
http://www.police.pref.yamaguchi.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・至極 透さんについて》
◆氏名:至極 透
(しごくとおる)
(To-o-ru Shigoku)
◆失踪年月日:昭和53(1978)年7月13日
◆生年月日:昭和23(1948)年7月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:和歌山県和歌山市
◆当時の身分:会社員
◆身長:161.2cm
◆体重:63.5kg
◆特徴:
1)眼鏡なし
2)酒は少々
3)タバコ吸わない
4)耳後ろに中耳炎の手術痕あり
◆失踪場所:和歌山県和歌山市の自宅を出て

【失踪状況】
日記を記入した手帳のほか、船員手帳・年金手帳・健康保険証・定期積み立て預金通帳・印鑑・実印・アルバムなども部屋に残したまま失踪。
■和歌山県警HP
http://www.police.pref.wakayama.lg.jp/
■救う会和歌山HP
http://www.jtw.zaq.ne.jp/sukuukaiwakayama/

《特定失踪者・松岡伸矢さんについて》
◆氏名:松岡 伸矢
(まつおかしんや)
(Shinya Matsuoka)
◆失踪年月日:平成元(1989)年3月7日
◆生年月日:昭和59(1984)4月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:4歳
◆当時の住所:茨城県牛久市
◆特徴:
1)左利き
2)右眉上に米粒大のうすい傷跡
◆失踪場所:徳島県美馬郡貞光町の親戚宅前

【失踪状況】
前日3月6日、両親と共に徳島県小松島市で祖母の葬式に出席。その夜は親戚宅で就寝。
朝起きて8時15分頃、父・姉・弟・従姉妹と親戚宅前を数分散歩。玄関から入ってこなかったので、父は抱いていた弟を家の中の母に渡し、すぐに玄関先に出てみたが、そこにいたはずなのにいなくなっていた。
すぐに家族で手分けして探し、昼過ぎには警察に通報し、警察犬も出動。警察・消防・地元市民による大規模な山狩りもしたが消息不明。
3月15日頃の夜、親戚宅にいる母親宛に徳島弁の女性から不審な電話があった。
13年間テレビ番組などを通じ探したが手がかりなし。
また、平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で「伸矢さんによく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃した」という情報がある。
日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/

《特定失踪者・賀上大助さんについて》
◆氏名:賀上 大助
(かがみだいすけ)
(Daisuke Kagami)
◆失踪年月日:平成13(2001)年12月22日
◆生年月日:昭和53(1978)年8月17日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:大阪府大阪市淀川区、阪急十三駅近くの社員寮
◆当時の身分:会社員
◆身長:169cm
◆体重:64kg
◆特徴:
1)左目下に小さいほくろ
2)近眼
3)本来は左利きだが筆記と箸は右
4)虫垂炎の手術跡
5)音楽好きでピアノが弾ける
◆失踪場所:大阪府大阪市の会社の寮

【失踪状況】
22日午後2時頃帰寮したのを防犯カメラで確認。
午後9時に電子メールを出している。
午後10時18分、部屋のドアを施錠したあと、足取り不明。
夜出歩くタイプではない。
眼鏡、携帯充電器が残されている。
財布、携帯電話くらいしか持って出ていない。
預金も手つかず、携帯からの発信は22日午前零時以降なし。
友人との約束、上司との会話から年末は徳島県の実家に帰るつもりでいたことが窺える。
帰省に備え預金5万円を別の銀行に移している。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■徳島県警HP
http://www.polic.pref.tokushima.jp/

《特定失踪者・正木冽子さんについて》
◆氏名:正木 冽子
(まさきれつこ)
(Retsuko Masaki)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年9月24日
◆生年月日:昭和17(1942)年12月23日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:徳島県大内町
◆当時の身分:香川県の耳鼻科の看護婦
◆身長:157cm
◆特徴:丸ぽちゃ
◆失踪場所:徳島県徳島市眉山公園山頂

【失踪状況】
徳島市の眉山公園山頂で行方不明。
家族に「大阪にいい仕事が見つかった」と言い残して自宅を出て失踪。
眉山公園でタクシー運転手が目撃したのが最後。
前日の9月23日夜、香川県大川郡引田町のバーで友人が目撃。
■香川県警HP
http://www.pref.kagawa.jp/police/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・七條 一さんについて》
◆氏名:七條 一
(しちじょうはじめ)
(Hajime Shichijou)
◆失踪年月日:昭和45(1970)年2月10日
◆生年月日:昭和23(1948)年8月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都杉並区方南町1−24−12 三枝アパート
◆当時の身分:明治大学政経学部政治学科3年生
◆血液型:O型
◆身長:165cm
◆靴のサイズ:24.5cm
◆特徴:
1)中肉中背
2)右利き
3)眼鏡着用
4)盲腸の手術痕あり
◆失踪場所:石川県金沢市

【失踪状況】
2月3日早朝、下宿を出て北陸方面へ旅行に。
8日に能登を回って西宮市の母の実家に立ちより、徳島に帰る予定で、金沢市のユースホステルを出発し、輪島市で宿泊。
9日「能登を回ってバスが遅れ、大阪行きの汽車に遅れた」と同じ金沢市のユースホステルに再度宿泊。
10日朝出発し、以後消息不明。
「雪が降っていたので兼六園の雪景色を見てくると言って10センチ位積もった雪の上を堤防の方に向かって歩いて行った」という証言と「東尋坊・永平寺に回ると言って宿を出る」という証言がある。
2月10日は夕方のフェリーで西宮市の母の実家から祖父母を徳島に連れて帰り、翌日行われる法要に出席する約束をしていた。
事前に東京の下宿から法要出席のための背広を西宮の母の実家に送ってあった。また弟の受験のため、14日には弟と東京に行く約束をしていた。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■石川県警HP
http://www2.police.pref.ishikawa.lg.jp/
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■徳島県警HP
http://www.police.pref.tokushima.jp/

《特定失踪者・宮本直樹さんについて》
◆氏名:宮本 直樹
(みやもとなおき)
(Naoki Miyamoto)
◆失踪年月日:平成14(2002)年3月3日
◆生年月日:昭和52(1977)年11月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:東京都荒川区
◆当時の身分:フリーター(主に清掃業務)
◆身長:178cm
◆体重:66kg〜68kg
◆靴のサイズ:27.5cm
◆特徴:
1)筋肉質でがっしりした体格
2)鼻の下から唇にかけて手術痕あり
3)視力は要コンタクト
◆失踪場所:東京都荒川区

【失踪状況】
午後3時30分頃、「今夜は夕飯はいらない」と行って自宅を出ていった。いつもと全く変わらなかった。
5日朝、新門司港の海上保安庁より電話で「3月3日19時10分発のフェリー船室に荷物だけ残し、本人が見あたらない」との連絡。荷物には免許証、財布、眼鏡、コンタクトレンズなど身の回りのもの一切があった。
東京湾フェリー乗り場から乗ったと思われるが、降りた形跡なし。同フェリーは朝5時に新門司港(福岡)着。時々1人旅に出かけることはあったが、心配をかけるようなことはなかった。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/
■徳島県警HP
http://www.polic.pref.tokushima.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

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